The Morning After.
2026年7月。
「飛鳥・藤原の宮都」が、世界文化遺産に登録された。
その知らせを聞いて、最初に思ったのは、
「おめでとう。」
そして、そのすぐあとに、
「やっとか。」
だった。
もちろん、うれしい。
自分が生まれ育った場所が世界に認められたのだから、うれしくないはずがない。
でも、それと同時に、なんだか少し不思議な感じもしている。
世界遺産になった次の日も、明日香の朝はいつもと変わらなかった。
田んぼがあって、
山があって、
細い道を車が通って、
いつものように人が暮らしている。
石舞台も、飛鳥寺も、昨日までと同じ場所にある。
何も変わっていない。
変わったのは、この場所を見る人の目なのかもしれない。
私にとって明日香は、生まれたときからそこにあった場所だ。
遠足で歩いた道も、
何度も通った田んぼの間の道も、、
当たり前すぎて、特別だと思ったことすらなかった景色もある。
それが今、「世界遺産」と呼ばれている。
世界は昨日までと何も変わっていないのに、
その価値があらためて認められた。
うれしいような、誇らしいような。
でもやっぱり、少し変な感じがする。
そしてもうひとつ、世界遺産になってから考えるようになったことがある。
これで終わりではない、ということ。
1400年以上もの間、たくさんの人が守り、受け継いできたものを、今度は私たちが次の世代へ渡していく。
世界遺産という名前と一緒に、そんな責任も受け取ったような気がしている。
これから明日香を訪れる人は、きっと増えていく。
たくさんの人に知ってもらえるのは、うれしい。
飛鳥の歴史を知って、
田んぼの間を歩いて、
風を感じて、
「いいところだったな」
と思って帰ってもらえたら、やっぱりうれしい。
でも、少しだけ心配もある。
明日香村は、小さな村だ。
細い道が多く、
田んぼのすぐ隣には家があり、
史跡のそばで、今も普通に人が暮らしている。
ここは観光地であると同時に、誰かの日常が続いている場所でもある。
訪れる人が増えることで、
この村で暮らす人たちの日常まで変わってしまわないだろうか。
そんなことも考える。
世界遺産になってほしかった。
たくさんの人にも知ってほしい。
でも、明日香らしさは変わってほしくない。
少し矛盾しているようだけれど、
今の私には、どちらも本当の気持ちだ。
世界遺産になったから、明日香が特別になったわけではない。
ずっとここにあったものを、
世界が見つけてくれた。
私は、そんなふうに思っている。
だから何十年か経ったとき、
「世界遺産になったけど、明日香ってあんまり変わらへんな」
そう言えたらいい。
田んぼがあって、
山があって、
その間で人が普通に暮らしている。
世界遺産になった翌朝も、
明日香にはいつもの朝が来た。
たぶん、それが一番うれしいことなのだと思う。

