子どものころ、明日香には何もないと思っていた。
田んぼがあって、山があって、古墳や遺跡がある。
でも、それは私にとって「見に行くもの」ではなかった。
ただ、そこにあるものだった。
大人になって、散歩をするのが好きになった。
せっかくなら、と京都出身の夫を連れて、明日香を歩くようになった。
今日はこっちへ行ってみよう。
ここにはこんな場所があるで。
そんなふうに、案内するつもりで歩き始めたはずだった。
でも、歩けば歩くほど驚かされたのは、夫よりも私の方だった。
「あれ、こんなところに、こんなものがあったんや。」
子どものころから何度も通った道のすぐそばに、千年以上前の歴史が残っている。
少し歩けば古墳があり、もう少し歩けば寺跡がある。
田んぼの向こうに見えている山にも、ちゃんと物語がある。
ずっと身近にあったのに、私はほとんど知らなかった。
明日香には、何もなかったんじゃない。
私が、知らなかっただけだった。
そう気づいたとき、少しもったいないと思った。
ここで生まれ育った私でさえ知らなかったのだから、
明日香を訪れる人には、まだ見えていないものがもっとたくさんあるのかもしれない。
有名な古墳を巡ることも、
歴史を知ることも、
もちろん明日香を楽しむひとつの方法だと思う。
でも、それだけではない。
子どもを連れて歩いてみて初めて気づくことがある。
母親になった今だから感じることがある。
昔は何とも思わなかった風景の前で、
なぜか足を止めるようになった自分がいる。
そういう明日香も、残しておきたいと思った。
だから私は、ASUKA JOURNALを書いている。
観光名所を紹介するだけではなく、
明日香で生まれ育った私が、
大人になり、
母になり、
もう一度この土地を歩いたときに
何を見つけ、
何を感じたのか。
それを、ひとつずつ綴っていきたい。
きっと私は、
これからも知らなかった明日香に出会う。
昔から知っている道を歩いて、
昔からそこにあったものに、初めて立ち止まる。
そのたびに、
写真を撮り、
調べ、
言葉にする。
いつかこの場所が今とは少し違う姿になったとしても、
ここにどんな風景があって、
どんな時間が流れていて、
その中で暮らしていた
一人の人間が何を感じていたのか。
それは、文章の中に残しておける。
明日香には、何もないと思っていた。
今は、まだ知らないものがたくさんあると思っている。
だから私は今日も、
この場所を歩いて、見つけて、綴っている。

